« お散歩の記録を1個移設 | メイン | お散歩をまた1個移設 »
2004年11月02日
真田氏本城跡…からの風景(^^;)
: photos2000年6月の最後の週末に、長野県の四阿(あづまや)温泉と言うところに行ってきました。
上田の駅からだと車で30分~1時間位、真田町のすぐ隣です。
初日はあんまり天気が良くなくって、写真をとったりする元気が無かったのですが、
翌日、史跡めぐりがしたかったので、とりあえず地図に出ているこの本城跡へ。
上田城を作る前の本拠地だったそうです。
実際の建物とかが残ってるわけじゃないんだけど、
天然の要害と言う言葉がぴったり来る、山城(の跡地)でした。
なんか、とても歴史を感じるね、こーゆーの。
ちなみに、上田城は一応行ったんだけど…
まだ(城門しか)復元されていなかったのと、公園になってしまっていたのとで、
今ひとつ撮影意欲が湧かなかったので、写真がありません。
あしからず。
…上田の商店街の看板も撮って来ればよかったかな…
…六文銭の看板がたくさんあったんだよ…
![]() |
城跡の解説。図を見てもわかると思うけど、江戸時代のいわゆる平城とちがって細長い。 周囲もとっても険しくて、典型的な山城。 |
![]() |
お城跡の碑です。 これが無いとただのだだっ広い丘だとしか思えない… |
![]() |
左側の3枚の写真は、本郭(ほんぐるわ。いわゆる本丸のこと)跡から見た真田町~上田市の風景。 これだけ見通しがいいと、敵の接近が一発でわかる。 |
|
|
|
|
![]() |
道祖神! 東京ではめったに見ることができないため、思わず撮っちゃいました。 |
![]() |
おまけ…真田と言ったらやっぱし六文銭!ということで、お土産に買ってきた六文銭マーク入りの巾着袋です(^^;) |
<感想>
写真が少ない(しかも、肝心の城跡部分の写真がほとんど無い(^^;))ので、
あまり伝わらないと思うんだけど、この城跡は実はスゴイ。
天然の要害というのはこういうもんなんだ、ってのがよくわかる。
真田氏とゆーのは、城造りの上手だったんだろーなぁ。
旧い方のお城でこれなんだから、上田城も推して知るべしって感じで、
関ヶ原参戦途中の徳川秀忠軍三万を相手に、一歩も引けを取らなかったと言うのもよくわかる気が。
無理矢理攻めて、挙句の果てに関ヶ原に遅参した秀忠は、
武将としてはおバカさんだったとしか言えない。
(難攻不落だってこと、一目見ればわかるだろーにねぇ…)
もしも、秀忠の遅参のせいで、関ヶ原で東軍が負けてたら、歴史はどう変わってたんだろう…
…なんて事まで思わせてしまう、とても不思議な場所でありましたよ。
投稿者 Irana : 2004年11月02日 10:40| EDIT |▲ページトップへ




