真田氏本城跡…からの風景(^^;)

Picasaが無くなっちゃったのでスライドショーが死亡しました(´・ω・`)
Googleフォトへのリンクとアルバムカバーを貼っておきます(´・ω・`)

2000年6月の最後の週末に、長野県の四阿(あづまや)温泉と言うところに行ってきました。

上田の駅からだと車で30分~1時間位、真田町のすぐ隣です。

初日はあんまり天気が良くなくって、写真をとったりする元気が無かったのですが、
翌日、史跡めぐりがしたかったので、とりあえず地図に出ているこの本城跡へ。
上田城を作る前の本拠地だったそうです。

実際の建物とかが残ってるわけじゃないんだけど、
天然の要害と言う言葉がぴったり来る、山城(の跡地)でした。
なんか、とても歴史を感じるね、こーゆーの。

ちなみに、上田城は一応行ったんだけど…
まだ(城門しか)復元されていなかったのと、公園になってしまっていたのとで、
今ひとつ撮影意欲が湧かなかったので、写真がありません。
あしからず。

20000624-25 真田氏本城跡…からの風景(^^;)

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<感想>

写真が少ない(しかも、肝心の城跡部分の写真がほとんど無い(^^;))ので、
あまり伝わらないと思うんだけど、この城跡は実はスゴイ。
天然の要害というのはこういうもんなんだ、ってのがよくわかる。
真田氏とゆーのは、城造りの上手だったんだろーなぁ。

旧い方のお城でこれなんだから、上田城も推して知るべしって感じで、
関ヶ原参戦途中の徳川秀忠軍三万を相手に、一歩も引けを取らなかったと言うのもよくわかる気が。
無理矢理攻めて、挙句の果てに関ヶ原に遅参した秀忠は、
武将としてはおバカさんだったとしか言えない。
(難攻不落だってこと、一目見ればわかるだろーにねぇ…)

もしも、秀忠の遅参のせいで、関ヶ原で東軍が負けてたら、歴史はどう変わってたんだろう…
…なんて事まで思わせてしまう、とても不思議な場所でありましたよ。